1.はじめに
国内において大学の研究成果を産業界へ移転する技術移転活動が一段と活溌になっている。技術移転機関(TLO:Technology
Licensing OrganizationまたはOffice)と呼ばれる新しい産学連携組織が1998年以降に30以上も開設された。先行する一部のTLOは既に多数のライセンス(特許の実施許諾)を実現し、相当の収益を上げるようになった。景気の停滞が長引くなか、技術移転がもたらす新産業の創出や雇用拡大への社会的な期待は以前に増して膨らんでいる。
こうした背景には、知識の創造により大きな付加価値が発生する知識経済化の流れがある。極端に低い資本コストの国が市場経済に巻き込まれた結果、新しい事業を生み出し続けなければ高い競争力を維持できなくなった。プロパテント(特許重視)政策の目的は産業競争力の回復である。知識創造の大きな源として大学が期待されている。
期待がかかる一方、現実に国内のTLOは多くの課題にぶつかっている。特許を介した技術移転では出願費用などの先行投資が膨らむものの収益が上がるまでに時間がかかる。さらに大学のシーズと企業のニーズをビジネスとして結び付けるには経験や知識、熱意のある専門人材が不可欠だが、TLOの歴史は始まったばかりだけに人材の確保や育成が大きな課題になっている。
国内のTLOは設置形態だけをみても株式会社、財団法人、学校法人などまちまちである。置かれた環境によって課題への対応も異なると予想されるが、ここでは課題を克服するための一つの選択肢として、TLOにおける戦略的共同研究マネジメントモデルを提案する。
2.国内TLOの概観
2.1承認TLO
国内においてTLO設立の契機は1998年の大学等技術移転促進法施行である。同法によって補助金交付など公的支援を受けられる承認TLOが生まれた。1999年には産業活力再生特別措置法が施行され、日本版のバイドール条項が盛り込まれた。これは、1980年に米国で制定されたバイドール法にならったものである。バイドール法は、それまで米国政府の資金により大学が研究開発を行った場合、特許権が政府のみに帰属していたのを改め、大学や研究者に特許権を帰属させることを可能にした。技術移転が飛躍的に発展する素地になったとされている。
承認TLOは2003年10月時点で36組織である。初期には主に旧帝大や有力私大が設立に乗り出し、段階的に地方大学に裾野が広がった。国立大は教官有志が出資して株式会社をつくる場合が多い。私大の場合は学内組織であり、地域内の複数大学が連携する例や財団の利用もある。
2003年3月末時点の承認31TLOの国内特許出願は累計3378件に達した。企業への特許の実施許諾件数は累計705件に上り、うち479件でロイヤリティ収入を得ている。図1のようにロイヤリティ収入の総額も順調に増加し、2002年度には4億1019万円に達している。〔1〕
TLOの経営については一時期、極端な悲観論をあちこちで聞いた覚えがあるが、全体として見れば承認TLOは比較的に順調に成長していると言える。特に2002年度に約1億5000万円のロイヤリティ収入を稼ぎ出した東京大学のTLOである先端科学技術インキュベーションセンター(CASTI)など先行する一部のTLOはすでに後述するホッケースティックカーブの上昇局面に移行したと判断してよさそうだ。
技術移転を巧みに経済活性化に結び付けた米国(データにはカナダを含む)では2001年度にTLOや非営利研究機関などによる9707件のライセンスが10.71億ドルのロイヤリティ収入を生み出した〔2〕。国内大学の研究費は1兆9893億円(2000年度)に達し、米国大学の研究費と比べて6割強の水準にある〔3〕。国内のロイヤリティ収入の総額がまだ米国の100分の1以下であることを考慮すれば、TLOの潜在的な成長力は大きいと見込めそうである。
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| 図1.承認TLOの特許出願件数とロイヤリティ収入の推移 (出所:経済産業省)
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2.2ライセンス業務のプロセス
TLOの典型的な業務プロセスは図2のようである。(1)教官から発明が開示される、(2)発明をTLOで評価する、(3)発明(特許を受ける権利)を発明者から譲り受ける、(4)特許出願、(5)実施許諾をする企業をTLOが探す、(6)企業と実施条件について交渉、(7)実施許諾契約を締結、(8)一時金あるいは許諾先企業の実施に応じたロイヤリティが発生、(9)ロイヤリティを大学や研究者に配分する、(10)平行して審査請求や登録など特許の維持管理をする。

図2.ライセンス業務のプロセス
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このように大学の研究成果を産業界に移転し、産業界から収益の一部を研究資金として大学に環流する循環を「知的創造サイクル」と呼ぶ。無秩序な産学連携には異論が予想されるが、「知的創造サイクル」による大学研究の活性化が期待されている。
産学連携の歴史は国内でも長いが、TLOを始めとする最近の動きは大学教官と企業の個人的つながりではなく、組織的な価値創造の取り組みであることも重要である。
2.3TLOが直面する2つの「谷」
1990年代に技術移転が花開いた米国でもTLO事業が本格的に軌道に乗るには10年以上かかったとされている。障害となっている理由のなかに2つの「谷」がある。
ひとつが、米国で「ホッケースティックカーブ」と呼ばれるTLOの収益曲線である。図3のように横軸に期間、縦軸に収益を取る。業務プロセスから明らかなように特許出願の経費や人件費がロイヤリティ収入に先行して発生する。このため、発足から運営が軌道に乗るまで収益はマイナスになりがちである。運営が軌道に乗ると収益は急速に回復する。こうした収益曲線があたかもホッケーのスティックのようにJ文字をやや寝かせた形に描かれるため、この名前がある。
もうひとつが、「死の谷(The Valley of Death)」である。研究開発は長期的な取り組みになることが多い。一般に基礎研究から始めて、製品開発に移るまでに最低10年程度はかかる。長期間、研究者にとって成果が出てこない状況下で継続的な研究開発資金が必要となるなどハードルが高い。そのため、この時期は「死の谷」と呼ばれる。
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図3.ホッケースティックカーブ
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図4.死の谷
(米商務省標準技術院発表資料から作成) |
一時金やミニマムロイヤリティ(実施の状況にかかわらず最低限支払うと決めたロイヤリティ)などを除けば、研究開発の成果が製品の売上となってようやくTLOにロイヤリティが発生する。特に米国ではTLOの実施許諾先として創業間もないベンチャー企業の割合が高い。実施許諾先のベンチャー企業が「死の谷」を越えられなければ、当然、ロイヤリティも十分に得られないことになる。
こうした事情を考えてみれば、TLOのホッケースティックカーブと研究開発の死の谷が類似しているのはごくもっともな話である。 |
3.「戦略的共同研究マネジメント」
3.1 モデル化
「死の谷」を考慮すれば、仮に大学のシーズと企業のニーズがうまくかみ合ったとしても、大学のシーズを製品にするために、さらなる研究開発が必要な場合が多いことが容易に分かる。こうした場合、大学と企業との共同研究が必要となる。TLOにはこうした共同開発プロジェクトのマネジメントをする役割も求められると考える。
実際の共同研究は大学(研究者)と企業が実施する。TLOが担うのは、共同研究から生まれる知的財産を大学とTLOにとってより戦略的なものにし、研究全体をマネジメントする機能である。
そこで、特許・ノウハウの実施許諾に共同研究のマネジメントを絡ませた「戦略的共同研究マネジメント」を提案する。戦略的共同研究マネジメントの基本形は以下のようになる。
1)基本特許をTLOから出願する。
2)基本特許の利用を前提に企業と大学との共同研究を仲立ちする。
3)共同研究の成果である改良発明は企業と大学(またはTLO)の共同出願になる場合が多いが、その事業化には基本特許の実施許諾が必要である。このため、共同研究の実施の前後で実施許諾契約を締結し、TLOは実施料収入を得る。
仲立ちのところで、公募型研究の採択を得られると、研究費やTLOで使える管理費が拡大する。基本特許が強ければ、非独占にして複数の企業への実施許諾も可能である。
この概念を積極的に導入することは、単発のライセンスに依存するよりもTLOの収益安定につながるだけでなく、ライセンスの成約率も向上させると考える。
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| 図5.戦略的共同研究マネジメントモデル |
3.2 農工大TLOにおける戦略的共同研究マネジメントの実践
農工大ティー・エル・オー株式会社(農工大TLO)は2001年10月に東京農工大学の教職員や卒業生の出資によって設立された。農工大は2002年度の共同研究件数が143件と共同研究が盛んな大学である。特に大型の共同研究区分A(企業が提供する直接経費300万円以上)は82件で、全国の国立大学の中でトップであった。
このため、農工大TLOは設立以来、共同研究となんらかの形で関係したライセンスを積極的に手掛けてきた。最初のライセンス成約案件は、戦略的共同研究マネジメントではないが、過去の共同研究の結果、農工大教官と企業が共同出願していた特許をTLOが譲り受け、ベンチャー企業に実施許諾したケースである。
現在、農工大TLOは数件の戦略的共同研究マネジメントに取り組んでいる。詳細を公表はできないが、いずれも相手先企業は特許の実施許諾と農工大との共同研究を前提に非常に具体的な事業計画を実行している。
また、2002年度から経済産業省の大学発事業創出実用化研究開発事業(マッチングファンド)による共同研究プロジェクトをマネジメントしている。これは、戦略的共同研究マネジメントの仲立ちの段階で、公募型研究の採択を得た好例である。
マッチングファンドは、企業からTLOを通して、研究費等として提供される資金(500万円以上)を前提とし、その2倍の金額を国からTLOに対して補助する制度である。企業とTLOは共同研究契約を結ぶ。特許など研究の成果はTLOが保有し、資金を提供した企業は独占的な実施権が得られる。
マッチングファンドの場合、共同研究の成果についてTLO単独の特許出願になるうえ、出願経費もこの制度の枠組みでまかなえる。具体的には公募申請から進捗状況の把握、特許出願を含めた全体の調整と管理を進めている。
農工大TLOのマッチングファンド案件は2002年度に6件だった。2003年度には15件、プロジェクト総額は約5億円と全国の承認TLOのなかでも有数の規模になっている。
4.結論
農工大TLOは初年度から2期連続で税引き後の黒字を実現した。理由は大きく2つである。ひとつは、前述した最初のライセンス案件のように研究者が保有している技術移転可能な水準にある特許やノウハウを実施許諾することで収入を得たこと。技術移転可能な水準というのは明確に言えば対価を取れるという意味である。もうひとつは、戦略的共同研究マネジメントにより効果的な特許出願とライセンス交渉が実現したことである。
この2つにより、農工大TLOはホッケースティックカーブにおける谷の部分を埋めたのである。今後は先行するTLOのように収益の急上昇につなげられるかが問われるだろう。
前述したとおり、TLOを巡る環境は多様であり、当然、戦略も多様なものとなろう。ただ、ホッケースティックカーブの谷を埋める、あるいは谷の期間を短くする手法として、戦略的共同研究マネジメントは条件によっては有効だと示唆できよう。
参考文献
[1]経済産業省大学連携推進課、TLO(技術移転機関)のご案内、2003年度版
[2]AUTM,AUTM Licensing Survey(FY2001)
[3]文部科学省、平成14年版科学技術白書(2002)
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