TOP >農工大の研究成果を産業界へ >大学発ベンチャーと株式公開
 
||| 大学発ベンチャーと株式公開
農工大ティー・エル・オー株式会社
代表取締役社長 伊藤 伸

 大学発ベンチャーに対する株式公開の期待が強い。ここ数年、大学発ベンチャーを対象としたファンド(投資基金)が相次いで設立された。経済産業省は、2004年度が3年間で大学発ベンチャーを1000社創出する計画の最終年度に当たることから、新たに「IPO(株式公開)100社計画」を掲げるようになった。大学発ベンチャーの評価が設立自体から事業成長に重点を移行する次の段階に進んだことは容易に想像がつくが、株式公開の意味とはいったいなんだろうか。
 ベンチャー企業の株式公開は、ジャスダックや東証マザーズ、大証ヘラクレスという新興企業向け市場に株式を上場するのが一般的だ。話題の楽天はジャスダック、ライブドアは東証マザーズに上場している。さらに企業の成長が進めば、大企業の代名詞である東証1部や東証2部に上場場所を移行していく。
 上場は、取引所で株式が売買されることを指す。上場すれば広く投資家に株式を発行することにより資金の調達が可能になる。上場するには市場(取引所)ごとに売上高や利益などについて基準があり、上場を希望する企業は取引所の審査を受ける必要がある。上場株式は誰でも購入することができる。その分、市場から経営について監視されていることになる。情報開示を含め企業の公共性が著しく増すということにも経営者は留意が必要である。
 前職の新聞記者時代に株式公開前後の社長インタビューや株式公開時の記者会見などを数十回経験した。必ず社長に尋ねることがある。「何のために株式を公開するのですか」。最高の回答はなんだろうか。
1.株式公開による知名度と信頼度の向上。これは分かる。毎日、新聞には自社の株価が掲載され、メディアに取り上げられる機会は確実に増える。食品や衣料品など直接、消費者と向き合うメーカーや専門店なら知名度の向上は売上高に直結する。信頼度にもかなり効く。取引先の拡大ももちろんだが、経験的には人材採用面での効果を挙げる社長が多かった。成長期のベンチャー企業にとって優秀な人材の確保は切実だということである。ただ、これは回答としてはぎりぎり及第点ではあっても模範解ではない。
2.創業者利益を得るため。株式公開に伴い創業社長が持ち株の一部を売り出し巨額の利益を手にすることがよくある。持ち株の残りも公開後の株価が高くあり続ければ含み益という大きな資産となる。これも心情的にはよく分かる。創業社長はゼロから企業を立ち上げたのだ。たいていのベンチャー企業は株式公開までは実質的に個人商店である。個人の能力がそのまま業績になり、銀行借入も個人保証を取られる。努力と成果に対する魅力的な報酬がなければ、恵まれた大企業を飛び出して、当然に失業保険もない起業家になろうとする人が増えることはない。とはいえ、これも模範解ではない。
3.相続対策のため。相続対象となる企業が株式公開すれば、株式の価値は株価という形で明確になるし、売却が容易になる。創業社長が亡くなっても相続税を払うために慌てて家や土地を売るということが避けられることもあるだろう。しかし、明らかにこれは回答としては最悪である。相続対策を「事業承継」と言い換えても同じことだ。他人の相続のために株式を買ってくれる奇特な人は存在しない。証券取引所では毎日すべての株価がついていると思う人もいるかもしれないが、たとえ公開株であっても売り手も買い手もいなければ取引は成立しない。相続対策があからさまになれば、株価は下がり、そのうち株価がつかなくなる。いつしか市場からは忘れ去られてしまう。
4.株式市場から資金を調達し、借入金を返済するため。業績がよかろうと悪かろうと、借入金は利息を支払い、期限が来れば元金を返済する必要がある。一方の株式による資金調達なら返済の義務はないし、業績が悪ければ配当を減らすことが可能である。この点で銀行からの借入金を返済すれば、財務体質が強化される。財務体質の強化は会社の価値を高める。なるほど、いいところまで行っているが、これも模範解答にはもう一歩足りない。
5.株式市場から資金を調達し、事業拡大の投資に充てるため。模範解答はこれだ。投資家は企業が成長し、その結果、株価が上がると期待するから株式を買う。ホンダやソニーは大げさとしても、調達した資金を効果的に活用して、成長の階段を駆け上ってほしいのだ。新事業への参入や新製品開発、工場建設、店舗展開が市場で高い注目を集めるのはこのためである。
 2と3は個人的な視点に立っている。3は論外として、2は個人の胸のうちにしまっておけばよい。1と4は企業の視点に立っているが、視野の中に市場と投資家の存在が希薄である。5になってようやく企業成長と投資家の関係付けが入ってくる。
 最近、大学発ベンチャーの話をすると、しばしばexit(出口)という言葉がでてくる。ベンチャー企業への投資について、株式公開やM&A(合併・買収)などにより、投下した資金を回収することを示す。つまり、この言葉は、もっぱらベンチャー企業に投資をするベンチャー・キャピタルの視点に立っている。大学発ベンチャー自身の視点でないのは当然だが、これが新興企業向け市場の投資家の視点にも立っていないことに注意すべきである。
 ベンチャー・キャピタルだけでなく、時に企業経営者すら株式公開に達成感を覚えてしまうことがある。株式公開直後の株価が最も高く、その後、上昇に転じられないという「初値天井」が見られる一因は、どこかに株式公開自体が目的になっている意識にあるように思われる。株式公開は到達点でなく、明確に通過点である。近年、総じて新興企業向け市場の株式公開基準が緩和傾向にあるのは、成長が踊り場を迎えそうな企業ではなく、明確に成長途上の企業を選び出そうという意図がある。
 株式公開を目指す大学発ベンチャーの経営者や大学を含む支援者は株式公開の意味を十分に理解し、方向性を検討するべきだろう。そうでないと、努力を重ね、幸いにも株式公開を果たしたとしても株式市場の手荒い洗礼を受けることになる。
  大学発ベンチャー企業数(累積)の推移

出所:経済産業省 平成15年度
「大学発ベンチャーに関する基礎調査」
 

 

Copyright(c) TUAT-TLO.CO.,Ltd.